後先を考える

社会的地位

どうしても性行為が伴う逆援助交際。女性にとってはお金を払えば相手をしてくれるペットみたいな存在。男性からみれば、相手しとけばお金をくれる軽い相手。気になるのはお互いの性に対する概念がお金が絡んでいる為に起こる間違ったとらえ方。男性は性に対してお金を稼ぐ対象となってしまっている為ちょっとやそっとじゃ普通の女性との一般的な交際ができなくなってしまう可能性がある。SEXなんてお金のためにやることだという認識になってしまうのだ。

トラウマとは少し違うがそこには歪んだ心が存在してしまっているのだ。彼らの将来は非常に不安である。ホストが女性に対して風俗で働くように勧めている目線とあまり変わらないように思える。お金の対象でしかないということは極論人間としてあつかう事ができないのと同じなのだ。しかし、その風俗で働く女性のほとんどは自分でどこの段階まで落ちていっているのか分からなくなり自分を売春婦となんら変わりない事を認識していないのだ。

逆援助交際の場合、男性がお金をもらう立場だがそのホスト的行動をすることによって錯覚を起こすことは狭い世界に閉じこもって自分で自分の首を絞めてしまっている。それに気付く事ができた時、あるいは開き直っている自分をみたときどういう心情が芽生えているか少し考えてみるとすぐにわかる。それがはっきりと言って良い事なのか否か。心と体は常に比例しているものではない。

心では良くない事だと理解していても体はもうそのことに慣れてしまっている、むしろ依存してしまっているからまず普通に働こうという発想はおこりにくい。

やってることはつまりニートなのだ。どうしても社会と向き合うことを拒み安全な場所に閉じこもる方法以外自分を守る術がないのだ。まず逆援助交際を考えているなら少しだけ後の方の事を考えてみるべきだ。

虚無感

心がからっぽになり蛻の殻みたいになって取り返しのつかない状態になること。これは一種のうつ状態に近い。

どんなたのしいことをしていても決して幸福感を感じる事ができない状態。それが虚無感という悲しい感情。本人がいちばんその虚無感を実感するのだ。環境的には何も不自由していないのだ。援助してもらったお金があるんだからお金に何不自由なく生活している環境。仕事に追われているわけでもんないし友達がいないわけでもない。絶望とは全く違う虚無感はなぜか生きている心地がしないうえに、魂がどこかへ飛んで行ってしまったよな生きる屍のような地獄を見るくらいなら毎日こつこつせっせと働いて辛さと幸福感を交互に味わっている方が何よりも人間らしい。

逆援助を交際を始めることが必ずしも夢のような話ではない、悪夢となることもあるのだ。

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